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異国の地が教えてくれたこと

私はある一本の映画を観て、途上国という国の存在を初めて意識しました。

同じ人間なのに、この格差はいったい何なんだろう?と思いました。


その疑問から、途上国のことをもっと知りたいと勉強を始めました。

大学のゼミでは開発経済学を選考。

しかし、授業や教科書はどこか現実離れしており、途上国の存在を具体的にイメージできませんでした。

私は、実際に自分の目で見てみたい!と思い、フィリピンへの留学を決意しました。


そこは、想像していたよりも豊かで、貧しい国でした。

 

私の通う大学は、フィリピンではエリートの集まる有名私立大学。

日本でいう慶応・早稲田。

それに加えて、学生はみんなお金持ち。

親が経営者や実業家といったメンツばかり。

専属の運転手に送り迎えをしてもらっている学生がほとんどでした。

 

しかし、一歩大学の外を出ると、路上で生活をしている人であふれていました。

巨大なショッピングモールのすぐ裏にはスラム街が広がっていました。

努力では越えられない壁がそこにはありました。


政治家の汚職は当たり前。

警官は市民に賄賂を要求します。

路上にはストリートチルドレン。

雨が降ると道路は川のように氾濫しました。

路上で暮らす子どもたちに物乞いをされた時は、胸が張りさかれそうな気持ちになりました。


しかし、1ヶ月も経つと「非日常」は「日常」になります。

ある日、物乞いをする子どもたちに嫌悪感を抱く自分に気がつきました。

何しにここへ来たんだろう?

けれど、そんな気持ちには目を背ける自分がいました。


スラム街へボランティアに行ったとき、現地のスタッフはひとりの少女を指してこう言いました。


「彼女の母親は数日前に亡くなったの。でも、お金がないからお葬式もできず、遺体はお家に安置したままなのよ」


言葉がでませんでした。衝撃でした。そこは何もかもが日本とは違いました。


途上国のことをもっと知りたい。

ここで暮らす人たちのために、何かできることはないだろうか。

最初はそんな純粋な気持ちでした。


しかし、貧困とは無縁の世界に生まれた私には、目の前の現実がどこか他人事にしか映りませんでした。

それに、所詮期間の決まりきったボランティア。

時が経てば私は日本に戻り、そこには何の不自由もない豊かな生活がまっているのです。


好奇心からボランティアに参加した自分に嫌悪感を抱きました。

途上国のことをもっと知りたい。貧しい国で苦しむ人々に、何かできることはないだろうか。

全てが傲慢でした。

 

自分は何をしにこの国へ来たんだろう?

自分にできることって何なんだろう?

何が正しいんだろう?

 

悩みぬいた末に、自分なりにひとつの答えを出しました。

それは、自分の人生に責任をもつということ。

自分が生まれ育った環境に感謝し、「今」を精一杯生きること。

 

あれから四年。

普通の会社で、普通にサラリーマンをしている自分。

日常に流されている自分。

本当にやりたいことをやれているだろうか?

「今」を生きているだろうか?

 

このままじゃ駄目だ。

自分の人生をもって、人に夢や希望を与えられる生き方をしたい。

 

初心を思い出させてくれた。もう一度頑張る勇気をくれた一冊でした。

 

山口絵理子さん「裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記」

 

裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記 (講談社BIZ)

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